大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)33号 判決 1980年4月10日
控訴人 斉藤脩
被控訴人 京都府
右代表者知事 林田悠紀夫
右訴訟代理人弁護士 前堀政幸
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、申立
一、控訴人
原判決を取消す。
控訴人が京都府の教育公務員であること、及び昭和五一年四月一日において、教育職俸給表(二)の一等級二五号俸に昇格昇給しているものであることを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二、主張及び証拠
別紙のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
当裁判所の判断は、次のとおり付加するほか、原判決理由のとおりであるから、これを引用する。
一、控訴人の原審陳述の自白該当性
1.被控訴人は、控訴人の原審口頭弁論期日における、「本件退職願は、控訴人の任意の自由意思に基づき提出したものであり、強制又は錯誤に基づき提出したものでない。」旨の陳述は、自白に該当し、控訴人の当審主張は、右自白を撤回するものであり、自白撤回の二要件の具備を要する、と主張する。
裁判上の自白は、当事者がその訴訟の口頭弁論又は準備手続においてする、相手方の主張事実と一致する自己に不利益な事実の陳述であるが、ここに自己に不利益な事実とは、相手方が証明責任を負う事実を肯定する陳述(A陳述)に限り、自己が証明責任を負う事実を否定する陳述(B陳述)を含まない、と解する証明責任説が相当である。その理由。B陳述も裁判上の自白と解する敗訴可能性説は、B陳述の撤回についても自白撤回の要件具備を要求することになる。判例は、自白者が裁判上の自白を撤回するには、相手方の同意あるときを除き、自白者が、(イ)自白事実が真実に反すること及び(ロ)自白が錯誤に出たものであることを証明する、という(イ)(ロ)両要件具備を要求するが、「当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明がある以上その自白は錯誤に出たものと認めることができる。」(最高裁昭和二五年七月一一日第三小法廷判決、民集四巻七号三一六頁)と判示する。真実に合致しないことの証明がなされた自白事実を基礎として裁判することは、裁判の適正を害する最大のものであるから、当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明があれば、当然その自白は錯誤に出たものと認め、裁判上の自白撤回の要件は、実質的には、(イ)の反真実の証明のみであると解するのが相当である(陳述撤回の悪用者に対しては、民訴法九〇条、一三九条等により対処すべきである。)。右のように解すると、B陳述も裁判上の自白であるとして、B陳述の撤回について(イ)の反真実の証明の要件具備を要求することは、A陳述の撤回の場合と異なり、証明責任の転換とならない(本来自己が証明責任を負う事実を証明することにより、反真実の証明をなし得る)から、無意味である。
控訴人の右原審陳述は、自己が証明責任を負う事実を否定する陳述であるから、裁判上の自白に該当しない。
二、退職願の意思表示の瑕疵の主張
1.詐欺の主張
満田校長の発言は、「控訴人の希望する鴨沂又は洛北高校への転任は受け入れられない。控訴人の退職を優遇退職とする制度はないから、退職願を出しても普通退職となる。」趣旨のものであり、退職願を提出するか否かを控訴人に選択させようとしたものであることが、弁論の全趣旨により認め得る。詐欺の事実を認め得る証拠はない。
2.強迫の主張
右主張事実は、三の退職願の承認の無効の主張における脅迫・強制の主張事実と同一であり、三において判断する。
三、退職願の承認(依願退職処分)の無効の主張
控訴人は、当審において、本件退職願の承認は、(1)府教委が「福高斉藤教諭発言問題」を同和教育推進のための教材として府下の全教員に周知せしめることを決し、控訴人が「部落差別をした教員」であるような事実を公然と流布し、以て脅迫(強迫)・強制して退職願を出さしめてこれを受理・承認した点(刑法九五条、国家公務員法三九条違反)、(2)本件退職願が右問題を動機とするものであるのにこれを受理・承認した点(民法九〇条、九一条違反)、(3)本件退職願が形式的要件を欠いているのを看過した点においてそれぞれ無効である旨主張する。
1.昭和三九年一一月二七日福知山高校において行われた同和教育研究会における控訴人の発言に端を発し、いわゆる「福高斉藤教諭発言問題」が発生したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、府教委当局が右問題を調査しその担当者より「控訴人は転入後日浅く、京都府の同和教育の基本方針の趣旨が理解されていないように見受けられる」旨及び「結局は福知山高校の同和教育体制の中に控訴人のような考え方についてどうかを校内同研で討議し深めていくところに意義があると思う」旨の復命がなされたことは認め得るが、控訴人主張のように、府教委が控訴人の退職を目的とし、これを強要するために、右事実を府下の教員らに流布したと認め得る証拠はない。もっとも弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一、一二号証と弁論の全趣旨によれば、右問題は福知山高校においては相当積極的に採り上げられ討議されていたこと、その過程で控訴人の同和教育に対する考え方が十分職場に受け容れられなかったことは推認し得るが、それとて、退職の強要がなされたとは認め難い。校長の発言の趣旨は前記二の1において認定のとおりである。なお、別紙控訴人の主張一の(五)の(a)の主張は、控訴人独自の見解であり、採用できない。同(五)の(b)及び(c)の事実を認め得る証拠はない。控訴人主張の脅迫(強迫)・強制の事実は認め得ない。
2.本件退職願の承認を無効とするに足る本件退職願提出の動機を認め得る証拠はない。
3.本件退職願が形式的要件を欠く旨の主張は、控訴人独自の見解であり、採用できない。
控訴人の主張はいずれも採用できない。
よって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であって本件控訴は理由がないので民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小西勝 裁判官 潮久郎 藤井一男)